●恩送り

98.令和8年9月23日(水) 秋季彼岸会の一席
 演題「恩送り」 住職(服部潤承)


 皆さん、今日は。秋のお彼岸にお参り下さり、ありがとうございます。猛暑の夏が終わったと思いますと、雨の降り続く秋がやってまいりました。レベル3の大雨警報が出され、高齢者は避難所に非難しなければならないことになっております。「備え(準備)あれば憂い(心配)なし」と申しますので、非常持ち出し用の荷物をまとめるなどして、平素の準備に余念のないようにして下さい。
 治水は行政の一つと言われています。災害を想定して行政を進めなければなりませんが、ややもすると「想定外」の一言で済まされてしまいます。昔は河川に広い河原がありました。大雨が降りますと、河原まで浸水します。洪水を想定した河原でした。平常時は広い広い空き地ですが、洪水を止める役割をしています。正しく『無用の用』で有事に用をなしています。それを住宅用地や工場用地に転用し、河川や河原を狭めて水を抱えきれなくなっているようにも思います。もちろん異常気象による降雨量が増大していることは確かであります。
 さて、本日の演題「恩送り」に入りたいと思います。
 『恩』はサンスクリット語の『ウバカーラ(他の者を思いやること)』『クルタ(他の者から自分に与えられた恵み・慈しみ)』と言う意味であります。仏教の経典『正法念処経』では、母の恩・父の恩・如来の恩・説法法師の恩、『大乗本生心地観経』では、父母の恩・衆生(社会)の恩・国王(国家)の恩・三宝(仏・法・僧)の恩、同じく『大乗本生心地観経』には、父母の恩・師長(先生)の恩・国王の恩・施主の恩のそれぞれ四つの恩をあげ、四恩と言い、人の人たる道は恩を知り、恩に報わなければならないと説いています。ところで四恩の中で共通しているのが、父母の恩であります。自分のいのちを知り、家族の力添えを知り、社会のはからいを知れば、恩に行き当たります。「恩を受けて恩に酬いざるは禽獣(きんじゅう)に等し」にならないように、皆さんに「恩送り」お勧めいたします。
 「恩送り」は、江戸時代の『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』に「…利口な奴、立派な奴、健気な 八つや九つで、親に代つて恩送り。」とあります。
 井上ひさしさんは『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』で「恩送り」が誰かから受けた恩を、自分は別の人に送る。そうして「恩」が世の中をぐるぐると回ってゆくことを指しているとし、この意味で「恩送り」は、親切にしてくれた当人へ親切を返すにも適切な方法が無い場合に第三者へと恩を送る。恩を返す相手が限定されず比較的短い期間で善意を具体化・具現化することができるのです。
 日本以外の国々にも見られます。「恩送り」に相当する概念がPay it forward(ペイ・イット・フォーワード)の表現が多くみられます。人から受けた親切や善意をその人(恩人)に返すのでなく、別の「ほかの誰か」へと渡していくことです。
 中村文昭著『非常識力。でっかいことを考える、カッコいい大人になれ!』(PHP研究所2007P72-74)に、(恩師などから)受けた恩を返すなんて、とてもできることじゃない。でも受けた恩をまた別の人に送り伝えてゆくことはできる。そのことを「恩送り」というのだ。受けた恩に比べたら、自分は何分の一も返せないのに恩返ししようなどとはおこがましいかもしれない。だが、恩送りなら、小さなことから少しずつ、できることをやればよいし、それしかできないだろう。とあります。
 まとめとして、恩返しは、受けた恩に直接報いることで感謝を示し、相手との関係を深めることができます。恩送りは、受けた恩を別の人や社会へと繋いでいくことで、善意の輪を広げることができます。『情けは人の為ならず』と言います、情け(親切)は、いずれは巡り巡って他でもない自分にかえってくるものだと思います。    



法話TOP