●秋に思う
92.令和6年9月22日(日) 秋彼岸会の一席
演題「秋に思う」 住職(服部潤承)
本日、お参りの皆さん「今日は」。お彼岸会にお参りくださいまして有難うございます。お彼岸は「暑さ寒さも彼岸まで」と申しますし、昼と夜の時間が同じで、バランスがうまく取れている例えとして、お釈迦さまはこれを「中道」と言い、偏向(偏り)のない生き方を理想とされています。暑いとは言うものの、藤原敏行の歌ではありませんが、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」のように、秋の兆しをここかしこに感じられます。夏の風から秋の風に、夏の緑から秋の黄色に、夏の雲から秋の雲に、夏の虫から秋の虫へとバトンタッチが確実に進められている移ろいに気づかされます。
秋の歳時記と言えば、各地の神社では秋祭りが開催されます。春のお祭りが作物の豊作を祈願するお祭りであるのに対して、秋のお祭りは収穫に対する感謝のお祭りと言えます。台風や日照り、虫の害など人知を超えた自然の悪条件は、科学技術の進んだ現在でも収穫に悪影響を及ぼします。古来人々はそのような障害を乗り越えて無事収穫を終えたことを、神様のお蔭であり、また、農作物そのものを神様の恵みとして、また、苦しい労働に一区切りをつけた事への喜びからも、感謝の念を込めて盛大に秋の祭りを行ってきました。秋祭りは神社の中心的祭礼であり、神輿の渡御やお神楽の奉納など、各神社で特色ある諸行事が行われています。
重陽の節句は、五節句「@1月7日・人日(じんじつ)の節句【七草】A3月3日・上巳(じょうし)の節句【桃】B5月5日・端午(たんご)の節句【菖蒲】C7月7日・七夕(しちせき)の節句【笹竹】D9月9日・重陽(ちょうよぅ)の節句【菊・栗】」の一つで「菊の節句」「栗の節句」と呼ばれ、奇数の日は縁起の良い「陽の日」とされ、奇数の重なる日をお祝の日として、@菊の花を飾る。A菊の花弁を浮かべた菊酒を飲む。B栗ご飯や秋茄子などを食べる。などして、不老長寿や無病息災を祈願し、家族の健康や無事を祝います。
旧暦の8月15日、今年は9月17日にお月見をします。この日の月を「中秋の名月」「十五夜」「芋名月」と呼びます。月見の当日、お団子やお餅、ススキ、里芋などを供えて月を愛でます。もともとは里芋の収穫祭でした。また、旧暦の9月13日、今年は10月15日にもお月見をする風習があり「十三夜」「後の月」「栗名月」と呼ばれ、月見団子・栗・枝豆を供え、これは日本独特のものです。旧暦10月10日、今年は11月10日に「十日夜」と呼ばれ、ついた餅などを供えて、来年の豊穣を祈願する収穫祭で、稲刈りを終え、田圃の神様が山に帰えって行くと言われています。
最後に秋の彼岸は、秋分の日をはさみ前後三日、今年は9月19日〜25日の間に、6種類の徳目を実践する期間としております。それは@布施(親切) A持戒(言行一致) B忍辱(忍耐) C精進(努力) D禅定(反省) E智慧(修養)です。
お釈迦さまは、
@仏弟子は、布施の行に徹して、欲から離れるように努めよ。慳貪(けんどん)【けち】はよくない。
A仏弟子は、持戒して、脱線してはならない。破戒【約束をやぶる】はよくない。
B仏弟子は、忍辱の鎧を着て、怒りを抑制するように努めよ。瞋恚(しんに)【短気】はよくない。
C仏弟子は、精進にして、懈怠(けたい)であってはならない。懈怠【なまくら】はよくない。
D仏弟子は、禅定にして、心を散乱しないようにせよ。散乱【落ち着きがない】はよくない。
E仏弟子は、智慧を磨いて、愚痴であってはならない。愚痴【ねたみ・そねみ・うらみ】はよくない。と、六つにまとめられ『六波羅蜜』を教えられ、その実践を勧められました。
それは、大きな料理店でお料理を選ぶのに似ています。たくさんのメニューから本日のお料理を選ぶようなものです。メニューを見ながら「あれかなぁ」「これかなぁ」と目移りがし、なかなか決まらないものです。そこで、尋ねます。「今日のお勧めは。」と。すると、「◯◯◯」「▽▽▽」「□□□」「☆☆☆」は、如何でしょうか」と、焦点を絞ることで迷いが解消されます。この機会に、六波羅蜜の一つでも実践してみてください。
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