9.平成15年8月 2日(土) 施餓鬼会の一席 演題「即心即仏」 住職(服部潤承) | |
新暦のお盆と旧暦のお盆の真中で、お施餓鬼のお勤めができるのは、大変よろこばしいことで、檀家の皆さんの心温まるご支援があるからこそ、できるものと感謝しております。
今年になって、イラク戦争・新型肺炎(SARS)・テロ等によって世界中の人々の命が次から次と失われてきました。
私達の持ち合わせています叡智によって、このようなことは避けられるものばかりでありますが、あにはからんや、そうはいかないのが俗世間であります。
“皆が、そうするから私もする”“赤信号、皆で渡れば恐くない”というような日和見的で軟弱な精神になってしまったのかもしれません。社会や生活環境が私達を変えてしまったのでしょうか。
目先の強欲にまみれた心が簡単に菩提心に変わりませんが、仏事に参加して、少しでも仏智(仏様の智慧)に接することができましたら、何よりであります。
今、プロ野球が熱くなっています。
今年のセ・リーグは、阪神タイガースの大活躍で、関西の経済が活性化しつつあるといわれています
。阪神ファンの皆さんは大喜びでありますが、巨人ファンの皆さんはおもしろくないに違いありません。
毎、日曜日の“ザ、サンデー”というニュース番組を見ていますと、徳光アナが、浮かない顔をして、巨人軍を励ますつもりで、阪神を皮肉っていました。
民放とはいえ、公共の電波を使って、自分の贔屓どころの球団を讃えるのは、ファンでないものにとっては、気が悪いのではないかと思います。
私は巨人ファンでもなければ、阪神ファンでもありませんので、偏ると、嫌みなものになるのだなぁと冷静に見ております。
よく政治・宗教・野球の事は、話題にしない方がよいと言われます。
悪くするとケンカになってしまうからです。それは、偏りから来るものであり、どちらでもない中道を歩むことが大切ではないかと思うのであります。
さて、本日の本題であります『即心即仏』の話に入ります。『無門関』の第三十則に、
馬祖、因に大梅問う、如何なるか是れ仏。祖云く、即心即仏。 とあります。
ある時、馬祖道一禅師に、そのお弟子である大梅法常禅師が聞きました。
「仏とは何ですか。仏とはどのようなものですか。」 と。
大梅禅師は迷える修行者として、是非とも自分の迷いを打開していただきたい、という思いで聞いたわけであります
すると、馬祖禅師は、『即心即仏』と教え諭します。
その一語を聞いて、大梅禅師は大悟したと言われています。
大梅禅師は、馬祖禅師の法をついだ後、山中に住み、悟後の修行、つまり、悟の後の修行に励んだそうです。
悟れば、修行が終わるのではありません。
悟ってからも修行を続けるのであります。
人間一生修行と心得るのが良いのではないかと、思います。
そこで、馬祖禅師は、若いお弟子に、大梅禅師の悟後の修行の様子を、探らせます。
若いお弟子は、「あなた(大梅禅師)は、山中で、どうされていますか。」と尋ねます。
すると、大梅禅師は、『即心即仏』でありますと答えました。
また、若いお弟子が言います。
「最近、馬祖禅師は、『即心即仏』ではなく、『非心非仏』とおっしゃっています。」と言います。
大梅禅師は、まったく動揺しないで、「師匠の馬祖禅師が、例え、『非心非仏』とおっしゃっていても、私はあくまでも『即心即仏』であります。」 と言いきりました。
そのことを、若いお弟子は、帰って馬祖禅師に報告します。
馬祖禅師は、その報告を聞いて、微笑しながら、「梅子熟せり。」つまり、一人前になったと誉められたそうであります。
では、『即心即仏』とは、どのような意味でしょうか、禅は理屈や言葉で説明がつかないものでありますが、話を進めてまいります。
『即心』こそが『仏』であると、馬祖禅師がおっしゃっています。
では、『即心』とは、どういう意味でしょうか。
中国の曹洞宗の洞山禅師が、「吾れ此に於て切なり。」と、おっしゃっています。
わかりやすく申しますと、今の一瞬を完全燃焼させることであり、今を精一杯生きることであり、一心に取り組むことであり、己を忘れて、一心不乱に、そのものになり切ることであり、そして、我欲が一瞬でも無くなった時、それを『即仏』と言います。
言い換えれば、「自我」を捨て去った時、初めて『即心』と言うものが達成されるものであります。
これを、『即心即仏』と申します。
カーライルは、「人生とは、永遠の間のわずかな一瞬」と言っています。
以前は、人生50年と言いましたが、今日では、人生80年、随分平均年齢も伸びましたが、宇宙の営みからすれば、
80年と言いましても、一瞬のできごとであります。
ですから、今の一瞬を思い切り生きることが大切ではないかと思います。
年に一度の御施餓鬼にちなんで、禅の生き方、『即心即仏』のお話をさせていただきました。
では、ご家族そろって、先祖の皆様のお帰りを待って、よいお盆をお迎え下さい。
先祖の皆様全員が帰ってこられても、まったく場所はとりません。
ご仏壇をきれいに清め、その前に蓮の葉か小芋の葉を敷き、夏の果物や野菜・お仏飯やお茶・お水・ご生前お好きだったものを、お供えして、おもてなしをするだけであります。
丁度、お盆休みでもありますので、日本の大事な伝統行事を、どうか、今年もご家庭でとりおこなっていただきたいと切に思います。
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