●犬にまつわる話〜趙州狗子〜

69.平成30年8月4日(水) 施餓鬼会の一席
 演題「犬にまつわる話〜趙州狗子〜」 住職(服部潤承)


 今年の干支は、戌<イヌ>で、滅に通じて草木が枯れる状態を表しています。たまたま偶然にも6月18日の大阪府北部地震に次いで、7月4日台風7号の東シナ海北上に伴い、5日から9日西日本豪雨に見舞われましたが、皆さんのお宅ではいかがでしたか。お見舞い申し上げます。
 犬猿の仲と申しますが、犬と猿が争ったまま、神様の御殿に向かったので、干支の順番が酉<トリ>の仲裁を受け申<サル>酉<トリ>戌<イヌ>となったそうです。
 昔の日本人は犬を食べていました。300年前、五代将軍徳川綱吉公は自分が戌年であったからでしょう悪法と名高い「生類憐みの令」により、肉食を禁じたようであります。それ以来、日本では犬を食べなくなりました。
 犬にまつわる話として、亡くなった飼い主を病院の外で4か月も待ち続ける犬。入院中の飼い主を病院の外で待ち続ける犬。飼い主を亡くしお墓から離れない犬。路上で轢かれた犬の傍を離れようとしない4匹の犬の友達たちの話などたくさんあります。
 NHKの大河ドラマ「西郷<せご>どん」が全国に放送中です。上野の西郷像は浴衣姿。鹿児島にあるのは凛々しい軍服姿であります。有名な犬「ツン」と言う名の薩摩犬で兎狩りに行く時に連れて行った猟犬です。尾っぽが「ツンツン」しているから名付けたそうです。手に入れるのに大金を支払ったそうです。鹿児島で暮らしていた頃、とあるうなぎ屋≠ノ犬連れで、ひょっこりと姿を現わしました。鰻丼を注文しましたが、みすぼらしい身なりから店主は大した客でなかろうと、うなぎのかば焼きの尻尾の部分をさしだしました。西郷どんは出されたかば焼きの尻尾の部分を連れていた犬に与え、店主に礼を言って立ち去りました。その時に支払われた代金を見て店主は驚くのであります。それもそのはず、代金は定価を遥かに超える金額だからでした。質素な生活を送っていた西郷どんの心意気を感じさせるものでありました。西南戦争にも愛犬と伴だって出陣しましたが、最期を悟った西郷どんは愛犬の首輪を外し逃がしてやったそうです。
 西郷どんの心意気が大久保利通にあてた即興詩に表れています。それが名言「子孫に美田を残さず」です。『偶成』(たまたまできた詩)と題する七言絶句です。

  幾<いく>たびか辛酸を暦<へ>て志を始めて堅し
   何度もつらく苦しいことを経験してこそ、志ははじめて固まるものだ。

  丈夫は玉と砕くるとも甎<かわら>の全<まった>きを恥づ
   男児たるもの玉が砕けるように立派な最期を迎えるべきで、瓦のようにつまらない人生を長く生きることは恥でしかない。

  我家の遺事人知るや否や
   我家の家訓を知っているだろうか。

  児孫の為に美田を買わず
   子孫のためには、肥沃な田畑を買って残すようなことはするな。子孫に財産を残そうと、私利私欲に走るようでは、大いなる志は成し遂げることができない。「清貧を貫け。」と言っています。

 お釈迦さまのお弟子に、神通第一と称せられる「目連尊者」がおられました。或る時、亡くなったお母さんの様子を、自分の得意とする神通力で透視をしました。するとお母さんは天上どころか、餓鬼道の世界に堕ちていました。お母さんはやせ細り、食べ物を口にすると炎になって食べられません。餓鬼道に堕ちた母親を助ける術<すべ>をお釈迦さまに尋ねます。お釈迦さまは、雨安居・夏安居(4月15日〜7月15日の集中修行期間)の最終日の自恣の日・7月15日反省の日に修行僧に施しなさいと諭しました。目連尊者は早速、お釈迦様のお諭を実行しました。そうすると、お母さんは見る見るうちに餓鬼道の世界から救われたと言われます。これがお盆のお施餓鬼であります。母親の子供を思う気持ちは尊いものですが、西郷どんの言う「子孫の為に美田を買ってしまった」のが目連尊者のお母さんだったのかもしれません。自分の子供にだけは、苦労させない。ヒモジイ思いをさせない。いい目をさせたい。などなど。自分の子供を贔屓の引き倒しをしてしまったのであります。これはもう執着と言わざるを得ません。
 ところで、本日の副題『趙州狗子』に入ります。

  無門関第一則に、
   趙州和尚、因みに僧問ふ。狗子に還って仏性有りや。
   州云く、無。

  口語訳
   或る僧が趙州和尚に尋ねました。犬に仏性がありますか。
   趙州和尚が仰った。無と。

 有ると無いは比較対象の世界・相対の世界であります。上下・左右・優劣・長短・善悪そして有無。これは普通の人間の思考作用であります。 禅の世界では、この両者の極端を離れること・達磨大師の言葉をお借りしますと「両忘」両方を忘れること・有る無しの両方に偏らない「無」の世界・絶対の世界を表しているのであります。



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