●兜率三関

40.平成23年3月21日(月) 春彼岸会の一席
 演題「兜率三関」  住職(服部潤承)

 
  去る3月11日の東日本大震災で、罹災されました方々に謹んでお見舞い申し上げます。自衛隊・警察・消防・自治体等の各団体はもちろん、各国の救援隊が休む暇なく救助活動していらっしゃる姿をテレビで見ていますと、人間も捨てたものではないと思います。
 人間本来持ち合わせていたものを見失った頃に、このような大災害が起こるのではないかと思ってしまいました。
 さて、昨年12月25日、群馬県中央児童相談所に届いた10個のランドセルから端を発して、全国的に匿名の善意の贈り物が届けられました。1月22日322件あったそうです。当初はタイガーマスクの伊達直人でありましたが今では、兎とかカッパなどの匿名もありました。また、贈り物も文房具・お金・商品券などでありました。  ランドセルと言えば、この4月の入学式に向けて、大型サイズのものが売り出されてきました。紙の大きさがA4サイズが主流になってきました。それにともなって、ランドセルもA4サイズの入るものに変わってきました。中に入るものが変わると、外の入れものも変わっていくのであります。
 年末から今年は雪の多い年でありました。米子市では、元旦に観測史上最高の89センチの積雪があったそうです。
 琴浦町の祇園和康さんは、玄関をたたく音で外に出てみると、長い車列にびっくりしたそうです。タンクローリーがスリップして、道を塞いだために、約25キロ、1000台の車が立ち往生していました。
 そこで、トイレの案内看板を書きトイレを開放しました。パン屋の小谷裕之さんは、あるだけのご飯を炊き、近所の女性に集まってもらって、おむすびを作り、パンを運ぶトレーで配り歩きました。
 トイレを借りた人。赤ちゃんに湯を貰い毛布を貰った人。おむすびを貰った人。ガソリンを手配してもらった人。皆、寒さで震えたのでなく、温かい感謝に打ち震えました。
 昔は雪が降れば直ぐに近所で雪かきを分担しました。また、難破船があれば総出で船員さんを助けたものです。
 こう言うことも、布施波羅密であります。自分のできることを惜しまず、させていただくことが徳行と申せましょう。
 今年は、大阪場所が中止になりました。それは、力士の数人が八百長相撲をしたことが発覚したからであります。
 以前も申したことがございましたが、相撲はスポーツでなく神事、つまり神道の行事であります。まわしにしめ縄をつけたり、塩を撒いたり、大きく柏手を打ったりしています。行司さんのもつ軍配には、天下泰平と一味清風(公平に無風の中に差し込む小さな夏のさわやかな風が吹く)の2つの四字熟語が書かれています。相撲は、天下泰平と一味清風を願う宗教行事なのであります。
 したがって、公正厳格に勝敗を決するスポーツではありません。勝ってもよいし、負けてもよいと言う勝ち敗けにこだわらない『おおらかさ』と、力士と観衆が一堂に会して、一体感を楽しむお祭りであります。負け役もあれば、勝ち役もあってしかるべきもの。直流のようにプラスからマイナスに流れるだけでなく、交流のようにプラス・マイナスが常に入れ替わって流れるが如く、陰と陽が入れ替わり、立ち替わりすればよいのではないかと思います。ただ、八百長に金品の授受はどうかと思いますが、あまりにも目くじらを立てすぎるのもいかがなものでしょうか。相撲を楽しみにしているお年寄り・お相撲さんに憧れているちびっ子・イケメン力士のおっかけギャル・ご贔屓筋の谷町の旦那衆・粋な和風のお上さんを悲しませないでほしいと思います。
 さて、本日の本題「兜率三関」に入ります。
 兜率寺の従悦和尚(1044〜1091)は、人並みはずれた禅僧で、その力量を慕って、大勢の修行者がやって来ました。
 そこで、従悦和尚は誰にでも同じ3つの質問をして、修行者の実力を量りました。これが兜率寺の従悦和尚の3つの関門、つまり、兜率の三関であります。その質問が、無門関第47則に次のように出ています。
 「兜率悦和尚、三関を設けて学者に問う。
  一. 撥草参玄はただ見性を図る。即今、上人の性、いずれの処にか在る。
  二. 自性を識得すれば、まさに生死を脱す。眼光落つる時、そもさんか脱せん。
  三. 生死を脱得すれば、すなわち去処を知る。四大分離して、いずれの処に向かってか去る。」
とあります。
 まず第1の関門です。
 草をかき分け、参禅勉道の旅をするのは、ただ見性することが目的であります。今、あなたの本性はどこにあるのか。さあ、答えてみよ。というのです。
 見性とは、自分の本性に気づくことでありますし、自己の本性とは、「衆生本来仏なり」と言う、本来自分にそなわっている仏性のことであります。
 臨済宗祖の臨済義玄禅師(〜867)は、「赤肉団上に一無位の真人有り。(臨済録)」とあり、「自性とも、自分の本性とも、一無位の真人とも、仏性とも言う真実の自己が生身の体に宿っている。」とおっしゃっています。
 とんちで有名な一休禅師(1394〜1481)は、「阿弥陀とは南をあるを知らずして 西を願ふははかなかりけり」とあり、南は皆身で、阿弥陀様はそれぞれの身にあるとおっしゃっています。
 次に、第2の関門です。
 自分の本性に気づくと、生死の問題は解決できるはず。生死の問題が解決したならば、生死の迷いから脱することができる。今、死を目前にして、どのように生死の迷いを脱するのか。さあ、答えてみよ。と言うのです。
 黄檗宗祖の隠元禅師は、『黄檗宗祖真空華光大師ご遺誡』で、「生死大事ために(中略)昼三夜三己躬下の事を究明するを努めとせよ。」とあり、「生と死は二元対立の世界であって、それを生死一如(同一体)と悟るためには、昼夜を分かたず、己事究明(物事の本質を見極めること)に努力せよ。」とおっしゃっています。
 己事究明の結果、「来る時、一物も無し。去る時、空索索。(隠元禅師語録26巻)」と、生まれて来る時は無から生じて丸裸。死ぬ時は四大分離して無に帰する。まさに「有無倶に是れ錯。」とおっしゃって、有る無しはともに同一体、これこそ安心なのですと、おっしゃっています。
 隠元禅師が示寂する5日前の寛文13年(1673)3月29日、「快活。快活。生も也た快活。死も也た快活。」と、心地よい、心地よい。生きるも心地よい。死ぬるも心地よいと、生死一如の心境が語られています。
 佛日寺の初代、慧林禅師も遺偈(死を目前にして詠んだ漢詩)に、「来るも也た錯。去るも也た錯。」と、生まれてくるのも安心。死んで去るのも安心と、やはり生死を超越した心境が悟られています。
 最後に第3の関門です。
 生死の問題が解決すると、行き着くところが分かるはずです。四大分離と申しまして、肉体や心が分散して、どこに向かって行くのか。さあ、答えてみよ。と言うのです。
 本性に気づくと、死んでどこへ行くのか。死んだ後、どうなるのか。が分かってきます。
 一休禅師は、「死にはせぬどこへも行かぬ ここに居る たづねはするな ものは言わぬぞ。」と。
 窪田空穂は、「不生とは 不滅の意なり 在るものは 形を変へて 永久に生く。」と。
 隠元禅師は、寛文13年(1763)4月3日、示寂の際にしたためた遺偈に、「今日身心倶に放下して、頓に法界を超えて一真空」とあり、本日、身も心も放下(捨て去る)すると、たちどころに、僧俗二世界はもちろん、僧の一法界をも超えて、真実唯一の空に到るとおっしゃって亡くなったのであります。
 真実唯一の空とは、何かを突き止めてまいりたいと存知ます。



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