●一意専心

令和7年6月掲載

 ※原文は縦書きのため漢数字で表記しております。

 一夜賢者の偈という経典に残されたお釈迦様のお言葉に、次のようなものがございます。

「過ぎ去れることを追うことなかれ。いまだ来たらざることを念うことなかれ。 過去、そはすでに捨てられたり。未来、そはいまだ到らざるなり。 されば、ただ現在するところのものを、そのところにおいてよく観察すべし。 揺らぐことなく、動ずることなく、そを見きわめ、そを実践すべし。 ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ。 たれか明日死のあることを知らんや。」

これを簡単に翻訳すれば、「過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。今日すべき事は明日に延ばさず、確かにしていく事こそ、よい一日を生きる道である。」ということです。
 松波治郎氏の葉隠武士道という書籍に次のような文章が載っていました。

『「人生は誠に短い。だから、好きなことをして過ごすべきである。夢のような現実の中で、好きでないことばかりし、苦労して生活するのは愚かな行為だ。」
 この考えは、誤解されると害になりかねないため、若い人たちには決して話さない秘訣である。
 ここで言う“好きなこと”というのには、問題がある。つまり、ものを好きになる心が大切なのである。(中略)
 子どもが生まれれば「子は三界の首枷ですからなぁ」と言って苦にし、宴会に呼ばれれば「自分は面倒な挨拶が嫌いだから」と言って嫌がり、女房には「ああ独身の方がよかった、言いつけを聞かないくらいで怒らなくてもいいのに」などと言い、物事を何から何まで苦にする者がいる。こういう者は、食事をしていても「ああ金がかかる」と苦にし、寝ても「布団が悪くなる」と苦にする人間で、こういう者にはどこを探したって、好きなものは見つからないのである。それよりも、子どもが生まれれば「子宝が増えた」と喜んで祝い、宴会があれば「ああ久しぶりに友人の顔が見られる」と喜ぶ。そうすれば、何から何まで幸福になり、寝ても起きても食事をしても、それらが皆、自然と好きなこととなる。その好きなことをして一生を送れ、と言うのである。「生まれてこなければ」と嘆く愚か者がいる。生まれてきた以上は、「よくぞ男に生まれたものだ」「よくぞ女に生まれたものだ」とこの世に生を亨けてありがたい、と思うべきだ。そして明々朗々、清新溌剌として生きよ。暗いじめじめした気持ちでいてはならない。一生は短いのだ。苦を楽にせよ。世の中は楽ばかり、好きなことだらけだ。』
 仏教の根本的な教えの一つである「一切皆苦」の意味は、一切の苦しみを受け入れ、その本質を理解することによりその執着から解脱する道を歩むことが大切だ、ということです。我々は得てして、あの時こうしておけばよかったと後悔したり、皮算用して将来への希望を過度に望んでしまいますが、どんな苦の状況も喜んで好きな状況として捉え、一生懸命に今を生きることが大切だと、仏教でも武士道でも伝えているのです。


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