●ありがたい

令和5年4月掲載

 ※原文は縦書きのため漢数字で表記しております。

 私事で恐縮ですが、最近心底「ありがたい」と思うことがありました。ご存じの方もいらっしゃるとおもいますが、うちの三男は自閉症で知的障がい者です。小さい頃はいつもニコニコとして愛嬌があって穏やかな性格だったのですが、高校生になった頃から段々とパニックを起こすようになりました。はじめは何か気に入らないことがあるので大きな声を出したり、ものに当たるのではないか、と因果関係を探っていたのですが、心療内科の先生によると「嫌なことがあってもなくても、良いことがあってもなくてもパニックを起こす」ということを教えていただきました。またここ数年、一連の行動を妨げられることを嫌い、意地でもその行動をやり遂げないと気が済まなくなるという「強度行動障害(きょうどこうどうしょうがい)」があらわれはじめました。水を何杯も何杯も飲み、ヤカン一杯に沸かしていたお茶を十分ほどで飲み干したこともあります。大変難儀でありますが、なんとか一緒に暮らしてきました。

 ある時、かかりつけ歯医者さんに三男がうかがったとき、あまりにも虫歯が多くて対応できない、ということでO大学付属の障害者歯科治療部を紹介して頂きました。今まで障がい者専用の歯科医がいらっしゃることを知らず、このように配慮していただける歯科があったんだと喜びを感じた次第です。担当のI先生は若く大変気さくな先生で、三男への言葉がけも好印象の方でした。(障がい者の親族は言葉がけと態度でなんとなく相性がわかります)歯を診療していただくと計四回の全身麻酔による大手術が必要ということになりました。一度目の手術では三男も訳が分からないまま大人しくしていたのですが、二度目に問題がおこりました。PCR検査で鼻に検査棒?を入れた瞬間、今までにないほどのパニックを起こしたのです。障害者歯科以外の先生や看護師さんは、あっけにとられ動けず、大混乱を引き起こしたのです。結局、三男はベットに寝かされ体をネットで包まれ検査をすることになりました。手術の前もパニックを起こし大変迷惑をかけてしまった次第です。こんなことがあり、また手術でパニックを起こすとも限らないので、出来るならば三度目の手術はせずに終わらせられないかと、T先生に話を伺いに行ったところ、「私達、障害者歯科の仕事です。このようなことには慣れています。こういうことが起こるということを他の科の先生方に周知できなかった私達の責任です。」と言ってくださいました。おそらく先生は他の科の先生方より非難を受けたと思われますが、熱心に説得してくださったのだと思います。「これからは万全な体制をとりますので、治療を続けましょう。」とおっしゃってくださいました。この時、涙が出そうになったのを憶えております。三度目は多人数の先生や看護師さんに囲まれ最大限の配慮を頂きながら、もろもろの検査や手術を終えることが出来ました。二度目のようなパニックは起こさず、本人は安心したようにニコニコしていたそうです。そして四度目も何事もなく終わりました。看護師さん達も三男に「本当によく頑張ったね」と言ってくださいました。迷惑をかけたと心を痛めていた私達ですが最後のこの言葉で救われました。二度目の事件の後に、「これで出入禁止となるだろうな」、と一種あきらめていたのですが、先生方のご尽力のお陰です。心底「ありがたい」と感じました。「ありがたい」は「有ることが難しい」と書きます。それが存在することが当たり前でないということです。三男のためにどうしたら治療をうまくすすめられるか、皆さんで考え、共有し、実行して、寄り添っていただいたことが、「ありがたい」のです。聞(きいて)思(かんがえ)修(じっせん)して寄り添う。菩薩のお姿と重なります。


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