●紅炉上(こうろじょう)一点の雪

令和4年12月掲載

 ※原文は縦書きのため漢数字で表記しております。

 我が国の今年最大のニュースとしては、安倍晋三元首相が公衆の面前で銃殺されたことではないでしょうか。長年にわたり一国の舵を取り多くの功績を残された方が、あのような最期を迎えるとは夢にも思いませんでした。元首相も「まさか自分が」と思われたことでしょう。まだまだ心残りも沢山あったことかと存じます。ご冥福をお祈りします。

 さて、今回は禅語「紅炉上一点の雪」をご紹介させていただきます。出典は『碧巌録(へきがんろく)』の第六十九則です。

 荊棘林(けいきょくりん)を透(とお)る衲僧家(のうそうげ)、紅炉上一点の雪の如(ごと)し とあります。「イバラの道を通るお悟りを開いたお坊さんは、赤く熱した炉にひらりと落ちて何もあとを残さない雪のようだ」という意味です。ここでのイバラは人の心を蝕む欲や人生の苦しみや分別を表しており、これらに心が微塵も惑わされることがないということを表しています。この言葉は禅修行をされた方々の言葉にもでて参ります。

 時は戦国時代、越後の上杉謙信(うえすぎけんしん)公と甲斐の武田信玄(たけだしんげん)公、両雄による川中島(かわなかじま)の合戦の話です。まだ朝もやの残る中、謙信公が単騎で信玄公の陣に奇襲をかけました。謙信公は剣を振り上げ切りかかり、信玄公に「命を失う寸前の心境を言ってみろ(如何(いか)なるか剣刃上(けんじんじょう)の事?)」と尋ね、信玄公は「何も言い残すことも無い(紅炉上一点の雪)」と答えられ、バッと鉄扇(てっせん)で弾き返したというお話です。私であれば「あわわ」とバタついている間に切られてしまうことでしょう。両雄共に深く禅修行を重ねられていたからこその問答といえます。

 また、佛日寺初代住職慧林禅師と師匠の隠元禅師との問答にも出てまいります。ある上堂(じょうどう)の際、慧林禅師が質問します。「私は黄檗山の禅を疑います」。それに対して隠元禅師は「私は黄檗山で一文字も説法していないのに、何に対して疑問をもつのか?(我這裡(しゃり)一字も無し。個の什麼(なに)をか疑ふ)」。とかえって質問を返されました。それに対して慧林禅師は「赤く熱した炉にひらりと雪が落ちて何もあとを残さないように、疑いなど微塵もありません(紅爐點雪)」。と答えられました。問答はここで終わらずさらに続きます。隠元禅師は「何も疑いがないのなら、疑いの無いところを証明せよ(如何が汝が不疑の處)」。慧林禅師は「疑いや不疑といった対立したものにはとらわれず、一真実の道を進んで行きます(天に倚(よ)る長剱、人に逼(せま)って寒(すさま)じ)」と答えられました。

 私たちも人生を分別にとらわれずに、一真実の道を歩んでいき、いつかは死を迎える時に「わが人生は紅炉上一点の雪」と答えられるような生き方が出来たらと思います。

 本年も大変お世話になりました。また来年もよろしくお願い致します。


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