●おこりじぞう

18.平成17年8月22日(月) 地蔵盆の一席
 演題「おこりじぞう」  住職(服部潤承)


 今年も地蔵盆がやってまいりました。 昭和57年に、水子地蔵尊が建立されまして、早23年になります。
 今は亡き、当時の檀家総代でありました上田二郎さんのご尽力により、この水子地蔵尊が建立されたのであります。 とりわけ、彫像にあたりましては、たびたび岡アの製造元に足を運ばれ、微にいり細をうがっての念の入りようでありました。 特に、お地蔵さんのお顔に注目していただきたいと思います。 このお地蔵さんにメガネをかけますと、若い時の私にそっくりなのであります。 岡アからトラックに揺られ、佛日寺に到着しました時に、上田二郎さんからこっそりと耳打ちしていただきました。
 「お地蔵さんの顔は、和尚をモデルにしましたよ。」と。
 恐縮のあまり、恥ずかしさも手伝って、穴があれば入りたいような思いをしたのが、昨日のようであります。 すっかり馬齢を重ねてしまいました現在、今だからこそ、当時のことが打ち明けられるのでありましょう。 そして、今も、お地蔵さんにお参りするたびに、ひそかに私の30歳の時の顔に向かっては、自分に言い聞かすように、「日頃のご恩に報い、感謝の気持ちを忘れないように。」と喚起しております。 年一度の地蔵盆と毎月第二日曜日の水子供養が、一度も欠かすこともなく勤められましたことは、皆様のお力添えがあったればこそと、大変喜んでおります。
 最近、心の傷むニュースが、やつぎばやに流れるなかで、一服の清涼剤ともなるニュースがありました。
 それは、日本人宇宙飛行士野口聡一さんが、スペースシャトル・ディスカバリーで2週間にわたる宇宙での活動を終え、無事に帰還したニュースです。 2年半前に帰還途中で空中分解したコロンビアの事故がありましたので、日本中が心配で、無事到着した時には、「よかった」と歓声が上がりました。 喜びが共有できた瞬間でした。
 飛行中、野口聡一さんが日本にメッセージを寄せられていましたが、その1つに船外活動中の印象を次のように語っていらっしゃいました。
「宇宙は果てしない漆黒の闇。地球は青く光り輝く。」と。
 地球の「地」は地蔵尊の「地」と同じであります。多くの生命を宿し、生成する生命体であり、躍動する光り輝く命そのものであります。地球は地蔵尊なのであります。
 今年は、終戦60年の記念すべき年でありますが、すっかり日本列島は、核保有国に囲まれてしまいました。 このままでは、再び核の洗礼を受けてしまうことになるかもしれません。  
 核にまつわる広島市のある横町に伝わっているお地蔵さんの話を紹介いたしましょう。
 昔、お父さんやお母さんが、まだほんの子どもだった頃、日本は戦争の真最中でした。 その頃のことです。 広島の町のある横町に、小さな石地蔵が立っていました。 石地蔵は、真ん丸い顔をして、いつも、いつも、「うふふっ」と、笑っているように見えました。
 ある日、石地蔵のそばを、1人の女の子が通りかかりました。 女の子は、「おじぞうさん、わらってる」と言って、自分も、「うふふっ」と、笑ってみせました。 そして、青いスカートをふわりとひろげ、スキップをして通り過ぎて行きました。
 石地蔵の前を、毎日、毎日たくさんの人びとが通りました。 人びとは石地蔵の笑い顔を見て、「わらいじぞう」と、呼びました。
 その朝も石地蔵は、笑った顔で立っていました。 真夏の朝でしたから、太陽は広島の町を、すみずみまで照らしました。 学校も、ビルも、家々も、朝日に光っています。 石地蔵も、まぶしく光りました。
 その時です。真っ青な空に、突然飛行機があらわれました。 米軍のB29という、爆撃機です。 飛行機は朝日の中を、ぐうんと降りてきたとみるまに、広島の町の真ん中をめがけて爆弾を一発投げつけました。 町中は白っぽいギラギラの光に、塗りつぶされてしまいました。 それは、原子爆弾でした。
 次の日にようやく火の消えた広島の町は、隅から隅まで焼け野原でした。 家も、学校も、ビルも、木も、花も、なにひとつ残っていません。 あちこちに起き上がれないまま死んでしまった人びとが、倒れていました。 石地蔵も、砂の中から顔だけ出して倒れていました。 それでも、真ん丸い顔は、いつものように笑っていました。
 ずっと向こうの方から、焼け残ったぼろぎれが、風に吹かれてやってきました。 よく見ると、それはぼろきれではなくて、やけどをした女の子でした。 「おじぞうさん、わらってる」と、言って通り過ぎたことのある、あの女の子でした。 女の子は、石地蔵のところまで、ゆらゆらとたどりつきました。 けれど、もう一足も進めなくなったのか、座り込んでしまいました。 そしてそのままうつぶせに倒れました。 女の子は、しばらくじっとしていましたが、すぐ目の前に、石地蔵の顔を見つけると、「かあちゃん、みず」と言いました。 石地蔵の笑い顔をお母さんかと思ったのでしょう。女の子は、石地蔵を見詰めて、「みず、…ねえ、…みず」と言います。 そのうちに、女の子の声はだんだん細くなっていきました。
 すると、今まで笑っていた石地蔵の顔が、少しずつ変わり始めました。 口はギュッとむすんでいます。 目はグッとにらみつけています。 顔は壊れてしまいそうに、力一杯の顔になりました。 まるで仁王さんの顔です。 「…みず…」女の子の声は、きえてしまいそうになりました。 その時です。石地蔵のにらみつけた目玉から、ポトリと涙の玉がこぼれたのです。 それから次々に涙は、ポタポタと、コロコロところがって、女の子の口の中に飛び込みました。 涙の水を飲み終わると、女の子は石地蔵を見詰めました。 そして、「かあちゃん」と言って少し笑いました。 そしてそのまま、ピクリとも動かなくなりました。
 女の子が動かなくなった時、石地蔵の力一杯の顔が、グラグラと揺れ始めました。 やがて、音もたてないで、石地蔵の顔は、くずれていきました。石地蔵は首から上のない、胴体だけの石地蔵になりました。この石地蔵を「おこりじぞう」と申します。



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