※原文は縦書きのため漢数字で表記しております。
華厳経の懺悔文(さんげのもん)に「皆由無始貪瞋癡」とあります。この貪瞋痴(とんじんち)を仏教では、心の三毒と申します。「瞋(しん)」とは、感情をぶちまけてしまうこと。不快なものに対して激しく怒ったり、妬んだり、恨んだりすることです。不快であるがゆえに、自らさらに不快感をまき散らし、周囲をより不快にさせることです。
さて、「お客様は神様です」というフレーズができて久しいですが、これは浪曲師の三波春夫氏が司会者から「お客様をどう思いますか」と聞かれたとき、「お客様は神様だと思いますね」と答えたのが発端です。この真意は、「歌うときに私は、あたかも神前に立って祈るときのように雑念を払い、まっさらな心にならなければ完璧な芸はできない」というものです。今では「客は神なのだから、何をしてもよい」というような誤った解釈で広まっています。
先日、那覇市の沖縄そば店で、酔った客が店員に突然怒ってつかみかかり、ラーメンを店内にぶちまけるという事件が報道されていました。このような愚行は、まるで疫病神のようであると感じます。不快だといって感情をぶちまけ、周囲をより不快にさせる、まさに「瞋(じん)」そのものであります。
また、今夏はパリ五輪が開催され、東京五輪から三年、選手や関係者の皆さんは大層ご尽力されたことでしょう。普段はあまり見ていなくとも、サッカーのワールドカップや野球のWBCなどの大会では、私たちはテレビにかじりつき、にわか応援団になりがちで、結果に一喜一憂することも多いかと思います。
さて、体操界のレジェンドと称される内村航平さんが、このようなコメントをされました。
「日本発祥の武道と、フランスで一番人気のスポーツである柔道との、国と国の意地のぶつかり合いは、見ていてとても面白かったですし、結果として日本が銀メダルという悔しさはありますが、本当によく頑張ったと思います。僕も同じお家芸として、もし団体で銀メダルだったら『すみませんでした』と言っていたと思います。でも選手たちにはそういう思いをしてほしくないので、見ている日本の皆さんが『銀メダルでもいいんだよ、よく頑張ったよ』と言ってほしいなと思います。それだけで、選手は心が救われると思うので、ぜひそういう言葉をかけてほしいと思いました。」
これに反して、負けた腹いせに「素人でもクソだとわかる」などといった誹謗中傷が、実際にネット上で投稿されていますが、これもまた「瞋(じん)」そのものと言えるでしょう。自分を「神様」と勘違いしてしまった結果とも言えます。
仏教では、「怒りによって生じる現実的なマイナス」だけではなく、「怒りそのものが心にダメージを与えている」ことを、より本質的な問題としています。怒りは、自分で自分を攻撃してしまっているようなものですから、そのようなときこそ脚下照顧、ひとまず落ち着き、自己を省みる絶好のタイミングではないでしょうか。
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