●永遠の意味

令和6年10月掲載

 ※原文は縦書きのため漢数字で表記しております。

 仏教には、「自分が幸せになると同時に他人を幸せにする」という「自利利他」という考えがあります。一方、その反対に「自分の利益だけを考え、他を顧みない」あり方を「我利我利」といいます。
 さて、漫画『鬼滅の刃』は連載終了後もなお、世界中で人気を博しています。社会学者の宮台真司氏はこの作品について、「自分の利益を追求する利己的な存在である鬼のようになった現代人への嫌悪感が広がる中で、“自らを投げ打って人のために生きることができるか”をリアルに感じられるほど感動する」と評しています。作中の鬼は、皆「我利我利」の存在として描かれています。
 そのような『鬼滅の刃』の名言・名場面の中から、二つ紹介します。

@ 主人公・炭治郎が、刀鍛冶を目指す少年・小鉄を諭す場面です。
炭治郎「諦めちゃだめだ。君には未来がある。十年後、二十年後の自分のためにも、今頑張らないと。今できないことも、いつかできるようになるから。」
小鉄「ならないよ。自分で自分が駄目な奴だってわかるもん。俺の代で…俺のせいで全部終わりだよ。」
炭治郎「自分にできなくても、必ず誰かが引き継いでくれる。次に繋ぐための努力をしなきゃならない。君にできなくても、君の子どもや孫ならできるかもしれないだろ?」
 ここには、「次に繋ぐ」という大切な視点があります。才能がないという理由だけで投げ出し、途切れさせてしまうのではなく、未来へと繋ぐ努力を続けることの大切さが示されています。これは、私たちがこれまで大切に受け継いできた歴史や文化、習慣を学び、守り、次へ伝えていくことにも通じるものです。

A 鬼の始祖は、状況や肉体、感情の変化を嫌い、不変で完璧な状態のまま永遠にあり続けることを望んでいます。そんな存在に対して、次のような言葉が投げかけられます。
「君は思い違いをしている。永遠というのは人の想いだ。人の想いこそが永遠であり、不滅なんだよ。千年の間に多くの人が命を落としたが、それでも鬼殺隊は決してなくならなかった。その事実こそ、人の想いが不滅であることを証明している。」
 この言葉の後、語り手は自らの命を投げ打ち、仲間たちの士気を高めます。

 現代において、私たちは自分の利益を優先しがちな側面を持っています。しかし、先人から受け継がれてきた想いや、家族・社会とのつながりを大切にすることもまた重要ではないでしょうか。今、自分の代では十分にできないことがあったとしても、その努力は次の世代へと受け継がれていくかもしれません。だからこそ、簡単に途切れさせてはならないのです。
 最後に、映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』では、戦時中の日本にタイムスリップした現代の女子高生と特攻隊員の青年との交流が描かれています。作中では、若くして命を落とした特攻隊員の「想い」が、手紙として現代に残されている様子が描かれています。 実際の特攻隊員の遺書にも、家族や、まだ見ぬ次の世代が幸せに暮らせる国であってほしいという願いが綴られています。

「後に続くを信ず」

この言葉に込められた想いこそが、時を超えて受け継がれていく「永遠」なのではないでしょうか。


TOP